先日、20代の面接を連続で行ったが、対象的な面接だった。

一方はやりたいことが明確となっている人。

もう一方はやりたいことが不明瞭な人。

結果はもちろん「やりたいことが明確な人」が合格である。

では、何故「やりたいことが明確な人」が面接に通過しやすいのか。

 

それは、やりたいことが明確であるが故に、話の筋が通っているからである。

 

面接で候補者を見る指標の一つとして、「話の内容が論理的で筋が通っているか」という部分を見ている。若手は熱意も大事だが、その熱意を測るためにも、その熱意に対する裏付けされたエピソードが必要だ。つまり、やりたいことがある明確にある人は、その熱意を立証するエピソードも組み立てやすいのである。やりたいことが不明瞭な人は、このエピソードが出てきづらい。やりたいことが不明瞭であるが故に、話もチグハグになり、話の一貫性や論理性がなくなるのだ。そうなると、面接は通過しづらい。

 

では、世の中の全ての人間がやりたいことが明確なのか、という疑問が出てくる。

そもそも、やりたいことが明確な人は世の中においては少ないだろう。

そうなると、やりたいことが明確ではない人は面接に通らないのか、というとそういうわけでもない。

要は、やりたいことがあるように見せるために、ストーリーを作り、その裏付けをきちんと論理的に組み立て、話すことが出来ればいいのである。

ここはまさにその人の論理性や地頭の良さが問われる。

その他にも、自分の組み立てたストーリーを立証するために、関連する資格を取り、知識をつける人もいる。自分の描いたストーリーをいかに面接で立証するか、ここが出来るかどうかで面接の合否が違ってくると思う。

もちろんこれだけで合否が決まるわけではなく、年齢が上がるにつれ、企業が求めるスキルや経験、志向と候補者がどれだけリンクする部分が多いかが左右する部分が多い。

とはいえ、特に若手やキャリアチェンジをする人たちにとっては、上記のような部分が合否を左右する。何故なら、経験が少ないからこそ志望する理由とそのエピソードの信憑性が判断基準の中の割合が経験よりも大きくならざるを得ないからだ。

私自身、やりたいことが明確ではない人間だからこそ、そのような人たちを羨ましくさえ思うし、強さを感じる。とはいえ私も日々生きている。やりたいことが明確ではないからといって不幸せなわけではない。そのうち見つかるかもしれないと思いながら、色々なことに首を突っ込み、色々な人の話を聞き、いろんな体験をしながら生きている今日この頃。。。